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福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)6号 判決

原告 宮本洵二郎 外一名

訴訟代理人 下尾栄

被告 長崎県選挙管理委員会 代表者 委員長 荒木清

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和二十六年四月三十日執行せられた長崎県議会議員選挙に関し原告等よりなした異議申立に対し被告委員会が昭和二十六年六月五日なした決定を取消す。右選挙の北松浦郡選挙区に於ける豊島徳治の当選を無効とし、富永一が当選人であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告等はいずれも昭和二十六年四月三十日執行せられた長崎県議会議員選挙に於ける選挙人であるが、右選挙において開票の結果北松浦郡選挙区選挙会は訴外豊島徳治を最下位の当選人と決定し、訴外富永一を次点者と決定した。

二、ところが右選挙会が有効と認めた投票中には同選挙区内福島村選挙管理委員会の印章の押捺がなく且選挙管理者より公給せられたものでない投票用紙による投票五百十七票存在し、右は成規の用紙を用いない投票として無効であるから原告等はこれを理由として右豊島徳治の当選の効力に関し被告委員会に対し異議の申立をなしたところ、同委員会は右投票を有効であると判定し昭和二十六年六月五日付を以て異議申立を却下する旨の決定をなした。

三、然しながら右五百十七票の投票は次のような理由によつて明かに無効である。即ち公職選挙法第六十八条によれば成規の用紙を用いない投票は無効であるが、同条にいわゆる成規の用紙とは法定の様式を具備しない投票用紙という意味であつて、たとえ選挙の管理者より公給せられた投票用紙であつても、法定の様式に違反しているものは成規の用紙というを得ないものと解すべきである。けだし若しかような投票用紙による投票をも有効とするときは投票に関し各種の害悪と弊害が発生するおそれが多分にあるからである。

ところで本件選挙に使用せられた投票用紙の様式については被告委員会が公職選挙法第四十五条第二項により昭和二十六年四月三日同委員会告示第十七号を以て右投票用紙には市(町)(村)選挙管理委員会印を押捺すべきことを明定してあるのに拘らず、前示五百十七票の投票用紙には福島村選挙管理委員会の捺印がなく法定の様式を具備していないから成規の投票用紙でないことが明かである。

被告委員会の決定はその理由中において「前記捺印漏れは選挙事務従事者の手落ちによるもので毫も不正不当の動機に基くものでないから右投票は有効である」と判示しているが、右投票用紙に捺印漏れの違法があり客観的に法定の様式に違反している以上、捺印漏れの原因が選挙事務従事者の過失によるものであるからといつて、これにより右の違法が治癒される何等の理由もない。

右のように前示投票用紙は捺印漏れの点に於て成規の用紙というを得ないのであるが、それのみでなく右投票用紙は選挙管理者より公給せられたものでないから成規の用紙でないことが明白であり、右用紙によつてなされた投票五百十七票は全部無効である。

四、而して最下位当選人である前記豊島徳治の得票中には右の無効投票が二百六十八票、次点者富永一の得票中には同じく六十一票含まれているので、これを右両名の得票数より差引くときは豊島徳治の得票数は六千三百六十票、富永一の得票数は六千四百十七票となり、右豊島徳治の当選は無効であつて、富永一が当選人となることとなる。

よつて右五百十七票の投票を有効と認めて原告等の異議申立を却下した被告委員会の決定は不当であるから請求趣旨記載通りの判決を求めるため本訴に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告委員会は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中原告等がいづれも昭和二十六年四月三十日執行せられた長崎県議会議員選挙に於ける選挙人である事実、右選挙に於て北松浦郡選挙区選挙会が有効と認めた投票中に福島村選挙管理委員会の捺印のない投票用紙による投票が五百十七票存する事実はこれを認めるが、右捺印漏れの投票用紙が選挙管理者より公給せられたものでないとの点はこれを否認する。豊島徳治及び富永一の各得票中に原告主張のような数の捺印漏れの投票が含まれている点は不知と述べ、なお選挙法が成規の用紙を用いない投票を無効とした所以は一に私製の投票用紙による投票を禁圧することに在るのであるから、苟も成規に従つて選挙管理者より公給せられた投票用紙であることが明かである以上、たとえそれが法定の様式に適合しないものであつても成規の用紙たることを失わないものと解すべきであるから本件係争の投票は有効であると述べた。〈立証省略〉

理由

原告等がいづれも昭和二十六年四月三十日執行せられた長崎県議会議員選挙に於ける選挙人である事実、右選挙に於て北松浦郡選挙区選挙会が有効と認めた投票中に福島村選挙管理委員会の捺印のない投票用紙を用いた投票が五百十七票存在する事実はいづれも当事者間に争がなく、同選挙会が訴外豊島徳治を最下位の当選人と決定し、訴外富永一を次点者と決定した事実、原告等が右捺印漏れの投票五百十七票は成規の用紙を用いない無効の投票であるとして右豊島徳治の当選の効力につき被告委員会に対し異議の申立をなし、被告委員会が右主張を排斥して昭和二十六年六月五日付を以て異議申立を却下する旨の決定をなした事実は弁論の全趣旨に徴し被告委員会の自認するところである。

よつて本件の係争点である右捺印漏れの投票用紙による投票五百十七票が有効であるか無効であるかについて検討することとする。

成立に争のない甲第二号証によれば被告委員会は右選挙の投挙用紙の様式につき、公職選挙法第四十五条第二項により昭和二十六年四月三日同委員会告示第十七号を以て右投票用紙には市(町)(村)選挙管理委員会の印章を押捺すべき旨を定めたことを認め得るから、係争の五百十七票の投票用紙は原告主張の通り法定の様式を具備していないものであることが明かである。然しながら右捺印漏れの投票用紙が選挙管理者より公給せられたものでないとの原告主張事実はこれを認めるに足る何等の証拠も存しないのみでなく却つて証人豊川定重の証言によれば、右捺印漏れの投票用紙は他の投票用紙と共に被告委員会から本件選挙の投票用紙として使用するため送付せられ選挙当日投票場に於て選挙事務従事者より右選挙の投票用紙として交付せられたものであつて、それ以外の用紙は一枚も混入していない事実並びに右捺印漏れの投票用紙の交付は選挙事務従事者の単なる過失によるものであつた事実を夫々認定することが出来る。

右のように本件捺印漏れの投票用紙五百十七票は法定の様式を具備していないものであるとはいえ、選挙事務従事者より右選挙の投票用紙として成規に従つて交付せられたものであり、これを交付するに至つたのは選挙事務従事者の単なる過失に基くものである以上、右投票用紙は成規の用紙たることを失わないものと解すべきであり、従つて本件係争の投票は成規の用紙を用いた有効投票と断定するのが相当である。

よつて右投票が無効であることを前提とする原告の本訴請求は爾余の点に対する判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 桑原国朝 裁判官 中園原一)

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